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2007. 05. 05  
先のブログに帰省をしたことを書かせていただきました。
自分の田舎は、兵庫県の南の方にある姫路と言うところです。
姫路と言えば、姫路城が有名です。
これは、凄いお城です。
こちらに来るまでは、当たり前のように見ていたので何とも思わなかったのですが、離れてはじめて気が付きました。
また、世界遺産に登録されてからというもの、その周辺も、中々のものですよ。

その姫路駅より北西に上っていったところに、自分の実家があります。
周りは、山、山、田んぼというところです。
実家の裏の山を越えると、そこには、ライオンとか、トラなどのあらゆる動物がいます。
何と、何と、サファリパークがあるのです。
小学生のころ、熊が逃げただの、トラが・・・。
中学生の頃は、夜、そこへと続く坂道を友人達と走りこんでおりました。
なぜか、夜は、走っていたのです。
友人達4人ほどで。
たまには、誰かを田んぼに突き落としたりもしておりましたが、
楽しかったですね。
田舎には、どこでも、鍛える場所があったのです。

その田園風景に近い道を車に乗せてもらって走っていますと、
そこには巨大なこいのぼりが・・・。
気持ちの良い風を一杯に吸い込みながら泳ぐこいのぼり。
こちらの方では、中々、見ることが出来ないものですね。

そこで、こいのぼりの由来について調べてみました。
よろしければ、参考にしてみてください。

こいのぼりのごとく、自分らしく自分の人生を雄大に泳ぐように生きていけるといいですね。


こいのぼり


〔こいのぼり〕
毎年5月5日の端午の節句に、男子の健康と立身出世を願って家の内外に飾られる「鯉のぼり」は、中国の黄河上流にある竜門に泳ぎ登ることのできた鯉だけが、昇天して龍に化すると言う、登竜門伝説にそのる来があり、いわゆる鯉の滝登りの様子を形どったものといわれています。
 鯉のぼりが本格的につくられはじめたのは江戸時代後半といわれています。江戸時代の武家のあいだでは、家紋をしるした旗や幟、武具を端午の節句に飾る習慣がありました。しかしこのことは、一般の町民などには禁止されたいました。ところが、江戸時代も後半になると、町人たちは経済力をつけはじめ、これにつれて端午の節句を華やかに 祝うようになりました。この時期に、五月幟の先端に小旗の代わりに紙で作った鯉をとりつけるようになりました。やがて独立して鯉、吹流し、幟旗などがそれぞれたてられるようになりました。歌川広重の有名な「名所江戸百景」には、真鯉、吹流し、旗幟などが単独で立てられている様子が、富士山を背景に写生されています。
 明治時代になると真鯉と緋鯉が組んで飾られるようになり、吹流しも加わりました。いろとりどりのこいのぼりがつくられるようになったのは東京オリンピック以降といわれています。



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